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2010年8月22日日曜日

ネットの世界。


数多の人が参加するインターネットであるが・・百人百様いろんな人がうごめいている実に多様である。
活字の利用ですがその文字にも心が通うと私は思う、何気ないようですが挨拶ひとつですら理解に苦しむ場合がありますただ書けばいいものではないような気がします、私は相手がどう思うかどう解釈するかを考えて出来るだけ不快な印象を与えない様に注意して書き込みをしているつもりですが、時としてあちこちのページを見ていると勝手なお方もおられますが、大体が愛情のこもる書き込みが多いですね。
画像にしても花や景色などとても素適な画像を見るにつけ自分も努力してと思いますが何せ安物のカメラではとても太刀打ち出来ません、しかしそれでも私なりに最良のものを心がけています。
数多くあちこちに出けたいとは思いますが限度がありますので現状では私はとてもお出掛け出来ないのが実情ですがあちこちにお出掛けになるお方も居られますね~??数が多ければいいものでもありませんしましてや多過ぎておざなりになるような気もいたします。

2010年8月18日水曜日

ラコタの言葉。

アメリカインディアンの言葉はしばしば、心に沁みいるような響きをもっている。癒やしを求めて彼らの土地を訪れる人も多いと聞く。アメリカ先住民研究の第一人者が、ラコタ族との交流の中で出会った言葉と、背景にある「ともいき(共生)」の思想、現代に生きる彼らの姿をつづっている。

 他者を助ける気前の良さ、寛大さが徳とされるラコタには、ギブ・アウェイ(与え尽くし)という儀式がある。子供の成人や病気回復などの折に、持っているものを集まった人にあげてしまうのだが、来たい人が勝手に来るので数が読めない。ギフトが足りるか心配する著者にラコタ女性が答えた言葉が、「足りることになっている」。心をこめて準備すれば足りるのだ、と。日本人からするとそんないいかげんな、と思うが、実際、過不足なく儀式は無事に終わる。

 大切なもの、必要なものも無理に手に入れたりはしない。「持つに相応しい時期がきたら、自然とその人の元に来る」からだ。世界は自分以外の何ものかの力が働いて動く、人の力など知れたもの。そういう静かで謙虚な姿勢がそこここにある。物事をいつも思い通りに進めようとゴリゴリやっている私たちが、本当のところ、賢いかどうか。

週刊朝日の記事からですが本当の意味の共生とこんなものかと思う。

2010年8月16日月曜日

お盆の家族全員集合。



毎年恒例の禅員集合、正月とお盆には家族が揃いますが、
今年は新しい孫が6月に誕生したので主役は新孫でした。
長男のやんちゃは3歳5ヶ月ですが騒出でばかりで落ち着きません、
息子のコピーそのものですね。

2010年8月12日木曜日

登山。

朝日新聞の記事より。

自己責任なき山歩きの横行を許すな
救助費の自己負担を検討せよ

救助ヘリコプターをタクシー代わりに呼びつける安易な救助要請が増えている。
そもそも主体性を持って山に入っている人がどれほどいるのか?
救助費を自己負担させれば、自覚を持った登山者が増え、遭難も減るはずだ。
そもそも登山というのは、誰かに強要されて行なうものではなく、自分が登りたいから登るという、あくまでも自発的な行為であるはずだ。だとすれば、すべての行動いっさいに自分で責任を負うのは当然である。よって救助を行なうのが民間であれ行政であれ、その救助費用は遭難者の自己負担にすべきだと、私は考える。

全く同感である・・・救助に向かうヘリが墜落して人命が奪われる・・いたたまれない。

2010年8月7日土曜日

行方不明の高齢者。


不明の100歳以上、31人にも昇ると今朝の新聞に・足立区や東大阪市では不明者が30人以上もいるとか??世界一の高齢を誇る日本だがどうもまやかしみたいです、平均年齢とはこういう行方不明者も含めての計算ですが90歳以上の行方不明者を調べるとどうなるか??疑問ですね。
行政の長の石原も森田も人ごとみたいに記者会見していますが、まずは国の首長、地方の首長はその件には一番の責任があるのではないでしょうか、役人を指導しズサンな処理をしないようにすべきです、担当者は限界があるとか言いますが出来ないことは無い筈ですよね、年金も支給している以上確認するべきですよね。